アートとデザイン
今日、モダンアートの中には非常にデザインに近づいたものも出てきています。
アンディ・ウォーホルのポップアートもTシャツにプリントした瞬間おしゃれなデザインに変化し、ファブリックやポスターもアート作品を印刷したものが増えてきました。
つまり、昨今の印刷技術の進歩により原画の魅力を損なう事なく他への転用が利くようになってきたのです。
パリのルーブル美術館に収蔵されているかの有名な“モナリザ”も頻繁にコピーやプリンターのCMに用いられ、製品の画質の良さをアピールしています。
一昔前は、アート作品を持っているということ、ギャラリーや美術館に足を運び生のアートを鑑賞する事は一線を画した贅沢でもありましたが、今日はその価値も薄れつつあるのかもしれません。
では、そのうちアートとデザインは混同し違いがなくなってしまうのではないだろうか?
との懸念も生まれます。
しかし、アートとデザインはカテゴリーで言えば全くの別物。
同じ、“作品”や “もの”が双方のカテゴリーを移動することはあっても、同時に判別されることはありません。
先述のアンディ・ウォーホルの“絵”も原画で見れば“アート”ですが、Tシャツに印刷された瞬間“デザイン”に変わります。
また、逆も言えます。
前回、採上げた村上隆の「Miss Ko2」も、もし大量生産され店頭に並んでいたら“デザイン”だったでしょう。
それが、評価され高値が付けられることで“アート”に変化したと言えます。
つまり“アート”と“デザイン”の違いとは“使用の可否”によって分けられるのです。
“デザイン”とは人に何らかの用途として使用されるもの。
“アート”とはそのものとしての存在価値が認められているもの。
先日、知人が面白い取り組みをしていました。
“アート”と“デザイン”の境界が曖昧なもの(作品)を つくってみようというものです。
出来上がったもの(作品)の写真を見せてもらったのですが、
キャンパスに描かれたモダンな絵の上に板が取り付けてあり、本を置いたり花瓶を置いたり出来るようになっています。
つまり、それを壁にかけることで“アート”としての絵でもあり、“デザイン”としての棚でもあるのです。
それは、非常に面白いものでしたが、ひとつの疑問が湧いてきました。
アーティストは絵のそのような展示法を許容してくれるのだろうかということ。
絵の前の棚に不特定多数の“もの”が置かれて果たして“アート”として成立するのだろうかどうかです。
私はアーティストではありませんが、きっとそのような展示法は望みません。
つまり、そのもの(作品)は“アート”ではなく“デザイン”なのです。
しかし、その知人の取り組みは非常に面白く私を刺激してくれました。
私が考えるには、その棚の付いた絵に置かれるものと置く位置が決まっていたとすれば・・・
もっと面白いことになるのではないでしょうか。
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